●「13階段」より抜粋●

 シェーンコップは声のトーンを落とした。
「ここは暗いな……闇、の中のように」
 ヤンの身体が少し、緊張したようように感じたが、気のせいかもしれない。
「士官学校の【闇姫】に、会いにきたのかも知れんな……今の男は」
「……」
 ヤンは僅かに眉を寄せたが、臆さず見つめ返していた。身長差があるのでやや上目遣いになっていたが。
「闇姫と呼ばれているのは、おまえのことなのか? ヤン・ウェンリー」
「知らない」
 嘘を騙る瞳ではなかった。
「では闇姫は別人か」
「他人がどう呼んでいるかは、私は知らない」
 それはつまり、肯定なのか。
 目前のヤン・ウェンリーが、不器用で対番の用事に苦労する下級生が、シアタールームの薄闇の中で別の存在に変化していた。
 ……なんてことだ。
 驚くことに、シェーンコップは戦慄していた。
 ……今緊張しまくっているのは俺のほうだぞ。
 背中を汗が伝っている。
「シェーンコップ先輩が私を対番に替えたのは、それが目的ですか?」
「…………違う」
 返答に躊躇していたら、その隙を抉(えぐ)られた。
「寝たいなら、そう言えばいいのに」
 この下級生は成績通りに、戦略戦術の類は得意なのかも知れない。
「本当は予約(アポイント)が必要なんだけど、シェーンコップ先輩にはいつもお世話になってるし、言ってくれれば都合つけるけど」
 シェーンコップは自問した。
 抱きたいだろうか。このヤンを。
 力づくで犯して。シーツの上で乱れさせて。
 違う。
「違うな」
 心で解いた結論を、そのまま声に出す。
「おまえと寝たいわけじゃあない、ヤン・ウェンリー。おまえに性的欲求は感じない」
 決して強がりではない。
「だが、おまえ自身に興味がある」
「どういう意味だろう」
「ヤン・ウェンリーのことが知りたい」

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