シェーンコップは声のトーンを落とした。 「ここは暗いな……闇、の中のように」 ヤンの身体が少し、緊張したようように感じたが、気のせいかもしれない。 「士官学校の【闇姫】に、会いにきたのかも知れんな……今の男は」 「……」 ヤンは僅かに眉を寄せたが、臆さず見つめ返していた。身長差があるのでやや上目遣いになっていたが。 「闇姫と呼ばれているのは、おまえのことなのか? ヤン・ウェンリー」 「知らない」 嘘を騙る瞳ではなかった。 「では闇姫は別人か」 「他人がどう呼んでいるかは、私は知らない」 それはつまり、肯定なのか。 目前のヤン・ウェンリーが、不器用で対番の用事に苦労する下級生が、シアタールームの薄闇の中で別の存在に変化していた。 ……なんてことだ。 驚くことに、シェーンコップは戦慄していた。 ……今緊張しまくっているのは俺のほうだぞ。 背中を汗が伝っている。 「シェーンコップ先輩が私を対番に替えたのは、それが目的ですか?」 「…………違う」 返答に躊躇していたら、その隙を抉(えぐ)られた。 「寝たいなら、そう言えばいいのに」 この下級生は成績通りに、戦略戦術の類は得意なのかも知れない。 「本当は予約(アポイント)が必要なんだけど、シェーンコップ先輩にはいつもお世話になってるし、言ってくれれば都合つけるけど」 シェーンコップは自問した。 抱きたいだろうか。このヤンを。 力づくで犯して。シーツの上で乱れさせて。 違う。 「違うな」 心で解いた結論を、そのまま声に出す。 「おまえと寝たいわけじゃあない、ヤン・ウェンリー。おまえに性的欲求は感じない」 決して強がりではない。 「だが、おまえ自身に興味がある」 「どういう意味だろう」 「ヤン・ウェンリーのことが知りたい」 |