●「小悪魔な魔術師」より抜粋●

 黒髪を掻く姿を見ていて、ロイエンタールの胸に期待が過ぎる。
 もしかして…………ヤンは嫉妬したのではないか? 過去に俺が抱いた女たちに。
 軽蔑すると言いながら唇を尖らせたのは、蠱惑ではなかったか。
 ロイエンタールの胸に沸き立つ甘い感情を、魔術師はガラスのように砕き潰した。
「元凶を辿ればロイエンタール提督が私にあんな卑猥なことをしたから、品性ごと疑ってしまったんだ」
「卑猥……」
 そんな単語を使われたことは、かつてなかった。
「いいなあ、ロイエンタール提督は立っているだけで女性に言い寄られて。私にもちゃんと女性の恋人がいたら、あんな風に経験豊富なロイエンタール提督にもてあそばれることなかったのに」
 白々しく言いながら、ヤンは退室しようとしていた。おそらく階下に行って、紅茶でも淹れさせるつもりだろう。
「あ」
 角のようにも見える跳ねた黒い髪が、振り向いた。
「ロイエンタール提督が私にあんなことをしたなんて、オーベルシュタイン閣下に告げ口するようなことは、くれぐれもしませんから」
 今度こそ去って行くヤンの後ろ姿に、黒い尖った尾が付いていなかったか。
 この男…………
 帝国軍の名将と呼ばれた男の長身は、蒼く凍り付いていた。

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