黒髪を掻く姿を見ていて、ロイエンタールの胸に期待が過ぎる。 もしかして…………ヤンは嫉妬したのではないか? 過去に俺が抱いた女たちに。 軽蔑すると言いながら唇を尖らせたのは、蠱惑ではなかったか。 ロイエンタールの胸に沸き立つ甘い感情を、魔術師はガラスのように砕き潰した。 「元凶を辿ればロイエンタール提督が私にあんな卑猥なことをしたから、品性ごと疑ってしまったんだ」 「卑猥……」 そんな単語を使われたことは、かつてなかった。 「いいなあ、ロイエンタール提督は立っているだけで女性に言い寄られて。私にもちゃんと女性の恋人がいたら、あんな風に経験豊富なロイエンタール提督にもてあそばれることなかったのに」 白々しく言いながら、ヤンは退室しようとしていた。おそらく階下に行って、紅茶でも淹れさせるつもりだろう。 「あ」 角のようにも見える跳ねた黒い髪が、振り向いた。 「ロイエンタール提督が私にあんなことをしたなんて、オーベルシュタイン閣下に告げ口するようなことは、くれぐれもしませんから」 今度こそ去って行くヤンの後ろ姿に、黒い尖った尾が付いていなかったか。 この男………… 帝国軍の名将と呼ばれた男の長身は、蒼く凍り付いていた。 |