●「黒髪のカイザーリン」より抜粋●

「……心配をしていた」
「えっ」
 ヤンの間近に真剣な表情をした美貌があった。幾度見ても慣れないくらい綺麗過ぎる。彫像のように秀麗な貌も。宝石のような蒼氷色(アイスブルー)の瞳も。
「あなたが無事に俺の許へ帰ってきてくれて良かった……」
「いや、子供のお遣いじゃなんだから」
 言いかけた唇は塞がれてしまった。
 温かい感触。それから唇を啄(ついば)まれる。いつも蕩けてしまうようなキスだ。
 このまま酔っていたい。幸福な気持ちになれるから。
 口付けを交わしながらラインハルトの冷たい手がヤンの頬を撫で、首筋に降りていった。
「ラインハルト。提案なんだけど」
「なんだろうか」
 シャツのボタンに触れかけていたラインハルトの指が、次の瞬間硬直する。
「一度、試しに女性を抱いてみてはどうだろうか」
「――――!?」
 数刻前まで慈愛の美神のようだった皇帝の貌が、疑心の戦士のように変貌した。
「なんと言った、ヤン」
「試行錯誤も必要かと。未知の領域に目覚めるかも知れないよ」
「ヤンは俺が他の者と寝て平静でいられるのか」
 冷たく呪いのような声がヤンを責める。

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