●「最愛」より抜粋●

 部屋のドアが開いた音を聞き取った時、ラインハルト・フォン・ローエングラムは逸る心を抑えた。
 やってきた。
 ようやく会える。ヤン・ウェンリーと。
 この瞬間をどれほど待ち受けただろうか。
 ただ対面するだけでは駄目なのだ。この時までにラインハルトが権力を得ている必要があった。
 ドアを閉めて、ヤンが一歩一歩近付いてくる時も、ラインハルトは我慢をした。
 今すぐに駆け寄り、両手で思い切り、その首を絞めたい気持ちを。
 その方向へと蒼い視線を向けることに、多少の勇気が必要だった。まるで無力な少年にでも戻ったように。
「卿に会いたいと願っていた。……ヤン・ウェンリー」
 その言葉はラインハルトの耳には、他人が発した声にように聞こえていた。
 幾年ぶりになるのだろうか。
 目の前にある、黒い髪。見つめてくる黒い瞳。
 初めて会った時と変わっていない。その、罪など知らないような済ました貌も。
 同盟軍の新たな智将ヤン・ウェンリーは二九歳と聞いたが、際だったところも崩れたところもない温和な容貌はラインハルトより年少に見えた。
 ヤンの唇が動いて何かを言ったようだが、ラインハルトの胸中は昂揚しすぎていて、よくわからなかった。
 今すぐにでも殺したい。
 いや、それでは駄目だ。足りない。ようやく訪れた待望の再会の日なのだから、冷静にならなければ……
 殺したい。
 焦るな、楽に死なせることは救済だ。
 この手で息の根を止め…………

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