●「遠い星のどこかで出逢う」より抜粋●

 琥珀の液体が後悔を押し流してくれるといい。そう思いながらグラスを呷ろうとしたヤンの手首を、強い力が掴んだ。
「!」
「卿は、俺を見ていない」
「ラインハルト。酒が零れるだろう」
 至近距離から、蒼い瞳が強い視線でヤンを見つめていた。
「俺は確かめてもらいたい。俺がちゃんとここに存在している現実を。ヤンの体温をこうして掴んでいることを」
「……」
「卿はこの俺の手を、幻だと思うのか?」
「そんなことは……」
 手首から伝わる痛みが、心地良かった。
 淡い思慕ははかなく消えてしまったが、未来から来て何故か自分に執心する金髪碧眼の皇帝がここにいる。ヤンにとっては昨日出逢ったばかりの男だが。
 誰かから求められることは嬉しい。
「でも、君もいつか消えてしまうからね」
 小さく言って睫を伏せたヤンを、いきなりラインハルトは抱き締めた。
「っ!」
 グラスが落下して、ブランデーをカーペットに飲み込ませた。
「卿は俺を幻影にしたがっている。俺はこうしてここに居るのに。この、卿を抱き締めている腕も幻と言うのか」
「ラインハルト……」
 ワインの香りがする。
 他人の体温が、自分を拘束する腕が温かい。ヤンはおずおずとラインハルトの背中に腕を回した。
 他人と抱き合うという慣れない行為が、ヤンを幸福な気分に包む。
「君は……ここにいる。ラインハルト」
「そうだ、俺はこの時代に存在して、こうしてヤンを掴んでいる。同じ空気を吸っていて……」
 気付いたように、ラインハルトの瞳がヤンの唇に降りた。
「卿と、同じ呼吸を……」
 吸いつけられるように、唇が重なった。
 押し付けられた弾力が、一度離れて再び触れ合う。お互いを確認するように。
「キスというものは、優しいのだな……」

BACK