琥珀の液体が後悔を押し流してくれるといい。そう思いながらグラスを呷ろうとしたヤンの手首を、強い力が掴んだ。 「!」 「卿は、俺を見ていない」 「ラインハルト。酒が零れるだろう」 至近距離から、蒼い瞳が強い視線でヤンを見つめていた。 「俺は確かめてもらいたい。俺がちゃんとここに存在している現実を。ヤンの体温をこうして掴んでいることを」 「……」 「卿はこの俺の手を、幻だと思うのか?」 「そんなことは……」 手首から伝わる痛みが、心地良かった。 淡い思慕ははかなく消えてしまったが、未来から来て何故か自分に執心する金髪碧眼の皇帝がここにいる。ヤンにとっては昨日出逢ったばかりの男だが。 誰かから求められることは嬉しい。 「でも、君もいつか消えてしまうからね」 小さく言って睫を伏せたヤンを、いきなりラインハルトは抱き締めた。 「っ!」 グラスが落下して、ブランデーをカーペットに飲み込ませた。 「卿は俺を幻影にしたがっている。俺はこうしてここに居るのに。この、卿を抱き締めている腕も幻と言うのか」 「ラインハルト……」 ワインの香りがする。 他人の体温が、自分を拘束する腕が温かい。ヤンはおずおずとラインハルトの背中に腕を回した。 他人と抱き合うという慣れない行為が、ヤンを幸福な気分に包む。 「君は……ここにいる。ラインハルト」 「そうだ、俺はこの時代に存在して、こうしてヤンを掴んでいる。同じ空気を吸っていて……」 気付いたように、ラインハルトの瞳がヤンの唇に降りた。 「卿と、同じ呼吸を……」 吸いつけられるように、唇が重なった。 押し付けられた弾力が、一度離れて再び触れ合う。お互いを確認するように。 「キスというものは、優しいのだな……」 |